以前、僕のNLP講座の受講生であり、クライアントでもある方から、こんなことを言われました。
「やっしさんのセッションって、要はメタモデルですよね?」

確かに、僕のセッションではメタモデルをかなり使います。

1 メタモデルとは?

NLPには「メタモデル」という言語モデルがあります。

NLPを学んだことがある人なら、一度は聞いたことがある言葉だと思います。
NLPで最初に発見されたモデルとも言われています。

私たちは、自分の経験を言葉にするとき、収集した情報を全て表現するわけではありません。
無意識的に不要と思った情報を削除したり、自分なりの解釈で実際の情報とは異なる形に歪曲したり、ごく一部の体験があたかも全てのことに共通するように一般化したりします。

そのため、話している言葉だけでは、その人が実際に経験したことの「そのもの」はわかりません。

そこで、
「具体的には?」
「誰が?」
「いつ?」
「どうしてそう思ったんですか?」
「本当にそうですか?」

などと質問することで、削除・歪曲・一般化された情報を具体化し、本当の情報を復元していく。
これが、メタモデルの一般的な説明です。

たしかに、その通りですし、僕もNLP資格認定コースではそのようにお伝えしています。
※ NLP的な世界と個人の関係については、こちらの記事(『地図は領土ではない ~あなたの見ている世界は本物の世界ですか?~』もご参照下さい。)

ただ、僕自身は、セッションの現場でメタモデルを使うときに、少し違うところを見ています。

2 「復元された情報」の他に見えてくるもの

たとえばクライアントが
「みんな僕のことを評価してくれないんですよ」
と言ったとします。

そこで、
「みんなって、具体的には誰ですか?」
と聞く。

すると、
「直属の上司です」
と返ってくる。

さらに、
「上司は、実際にあなたに何と言ったんですか?」

と聞くと、
「いや、何か言われたわけではなくて、自分がそう感じているだけです」

これに対して、
「どんなところからそう感じたんですか?」
となる。

一般的なメタモデルの使い方であれば、

「みんな」から「直属の上司」へ。

「評価してくれない」という表現から、「自分がそう感じている」という認識へ。
言葉が具体化され、もともと曖昧だった情報が整理されたという流れです。

もちろん、それは事実ですし、大事なことです。

でも、僕がメタモデルを使う事で面白いと思っているのは、そこだけではありません。

最初の言葉と、質問を重ねた後の言葉。
その「差」
です。

最初は、クライアントは
「みんな僕を評価してくれない」
という世界を語っていた。

ところが、話を聞いていくと、
「直属の上司について、自分がそう感じている」
という世界を語るようになった。

この変化の中にこそ、その人が物事をどう認識しているのかについてのヒントが含まれているかもしれません。
僕は、ずっとそこを見ています。

3 言葉と世界の関係

僕にとって、メタモデルで得られるものは「正しい情報」「正確な現実」ではありません。

その人が世界をどう認識しているのかを推察するための、参考事例です。

・最初にどんな言葉を使ったのか。
・質問すると、どんな言葉に変わったのか。
・何を具体化するときに、何が出てきたのか。
・逆に、何を聞いても出てこないものは何か。
・事実と解釈が、どのあたりで混ざっているのか。
・「みんな」という言葉を使う時のパターン

そういうものを、ひとつひとつ丁寧に拾っていきます。

4 「正しい情報」は見つけられない

ここは、メタモデルについて僕が少し違和感を感じているところでもあります。

メタモデルを使えば、「本当のこと」が出てくる。
そんなふうに考えてしまう事への違和感。

たとえば、
「みんなが自分を嫌っている」

という言葉を、
「実際にはAさんとBさんとの関係でそう感じている」

まで具体化できたとしても、それが「客観的な現実」そのものになったわけではありません。
AさんやBさんについての認識だって、その人から見た世界です。

僕たちは、メタモデルを使ったからといって、その人の頭の中から「現実」を取り出せるわけではない。
だから僕は、メタモデルによって復元された言葉を「真実」として扱うのではなく、その言葉がどう変化したのかを見ています。

そのほうが、僕にとっては使いやすい。

5 僕にとってメタモデルは「観察」のためのもの

僕はセッションで、相手の言葉を聞きながら、
「この人は、今、世界をどう切り取っているんだろう?」
と考えています。

それを確認するヒントを得るために質問する。

質問によって相手の答えが変わる。
その変化を見る。

また質問する。確認する。
また言葉が変わる。

その変化を、また見る。

そうやって少しずつ、その人の世界観についての仮説を作っていく。

もちろん、その仮説も、所詮は仮説にすぎません。

だから、また会話をする。
違ったら修正する。
そして確度や解像度を、クライアントと一緒に上げていく。
僕がその過程で発する言葉や質問が「メタモデル」という言語モデルと結果的に酷似している。

そう考えると、メタモデルは「質問スキル」というより、僕にとっては人間を観察するための関わり方に近いのかもしれません。

6 言葉は、その人が見ている世界そのものではない

そもそも、僕たちは「世界そのもの」を話しているわけではありません。

自分が経験したことを、自分なりに切り取り、自分なりに意味づけ、それを言葉にしている。
だから、同じ出来事を経験しても、人によって出てくる言葉は違います。
冒頭にもお話した通り、これがメタモデルの前提となる考え方です。

そして、その言葉に質問をしていくと、また違う言葉が出てくる。

最初の言葉は、その人が見ている世界の一つの表現。

質問の後に出てくる言葉も、その人が見ている世界の一つの表現。

その間にある「差」を見る。

その差をいくつも集めていくことで、

「この人は、こういうところに意味を置きやすいのかもしれない」
「こういうふうに出来事をまとめて捉える傾向があるのかもしれない」
という仮説が見えてくる。

それが、僕にとってのメタモデルです。

メタモデルは、相手の言葉の中から単に「欠けている情報」を探すためだけのものではない。
メタモデルを使ってコミュニケーションを通じて、クライアントの言葉が変化していく過程をクライアントと一緒に丁寧に観察する。
そのプロセスを通じて、その人がどんな世界を見ているのかを推察するための材料を集める。

僕は、そんなふうにメタモデルを使っています。

受講生の言う通り、僕のセッションは、ある意味で最も馬鹿正直にメタモデルをしているだけなのかもしれません。