AIの進化が止まりません。

文章を書く。
情報を集める。
要約する。
分析する。
比較する。
資料を作る。
アイデアを出す。
プログラムを書く。

これまで人間が時間をかけてやっていた「知的作業」の多くが、AIによってどんどん安く、速くなっています。

画像、音声、文章、コード。

本当に多くのものが、これまでとは比較にならないスピードとクオリティで生み出せるようになりました。

そして、おそらくこの流れはこれからも加速していくでしょう。

では、AIがこれほどまでに「知的労働」を手伝ってくれるようになったとき、人間にとって本当に希少なものは何になるのでしょうか。

1 AIが増やす「情報」と「選択肢」

例えばAIに、
「この企画についてアイデアを出して」
と頼めば、10個でも100個でも案を出してくれます。

市場を分析することもできる。
リスクを洗い出すこともできる。
メリットとデメリットを比較することもできる。
将来のシナリオを考えることもできる。

つまり、AIの進化によって、僕たちが使える「情報」や「選択肢」は、これまで以上に増えていくでしょう。

でも、ここで一つの問題が出てきます。
人間は、その大量の情報や選択肢を、本当にすべて処理できるのでしょうか?
AIが1000個のアイデアを出してくれたとしても、人間が1000個すべてを吟味できるわけではありません。

結局、
「何が重要なのか」
「何を捨てるのか」
「何を優先するのか」
「そもそも何を考える必要があるのか」

そして、
「結局、どうするのか」
を決めるのは僕たち人間です。

2 人間の「認知資源」には限界がある

人間が一日に使える時間には限界があります。
集中できる時間にも限界があります。
同時に考えられることにも限界があります。
複雑なことを考え続ければ当然疲れますし、選択肢が増えすぎれば、決めることそのものが難しくなる。

つまり、人間が意思決定に使える「認知資源」には限界がある。

AIが扱える情報量が爆発的に増えていったとしても、人間の認知資源が同じ速度で増えるわけではありません。
そう考えると、AI時代の問題は、

「情報が足りない」

から、

「限られた認知資源を、どこに使うのか」

へ移っていくのかもしれません。

これは、仕事だけの話ではないと思っています。
僕たちは毎日、誰かと話し、誰かの話を聞き、何かを考え、何かを決めています。
そこにも当然、限られた認知資源が使われています。

例えば、同じ「相談」という行為でも、
「何が問題なのか分からない」
「何を判断してほしいのか分からない」
「必要な情報が後から次々と出てくる」

という話を聞くのと、

「何が起きていて、何に困っていて、何を判断してほしいのか」
が整理された話を聞くのとでは、聞く側の負荷は大きく違います。

すると、こんな問いが出てきます。

人間同士のコミュニケーションも、相手の「認知資源」をどう使わせるかという視点で考えられるのではないか?

そして、もしそうだとしたら、
これから「コミュニケーション能力が高い人」の意味も、少し変わってくるのかもしれません。

話が上手い。
説明が上手い。
人付き合いが上手い。

それだけではなく、
「相手が、本当に考えるべきことに認知資源を使えるようにする」
という能力が、これから重要になっていくのではないでしょうか。

3 AI時代に、人間同士の価値はどう変わるのか

AIによって、情報を集めること、整理すること、分析すること、文章にすること。

そうした「知的作業」のコストが下がり続けるのであれば、逆に、人間側の限られた認知資源はますます重要になるのかもしれません。

そう考えると、
「自分には何ができるのか?」
だけではなく、

「自分と関わることで、相手の認知資源はどうなるのか?」
という問いも、これから重要になってくるように思います。

では、実際に人間同士のコミュニケーションでは、どのような「認知資源」の奪い合いが起きるのでしょうか。

そして、
「この人と話すと頭が整理される」
という価値は、AIが進化する時代にどのような意味を持つのでしょうか。

僕自身、NLPトレーナーとしてずっと人間と向き合いながら、AIとの対話を通して人間について考えてきた立場から、もう少しこのテーマを掘り下げてみたいと思います。

AI時代、人間にとって本当に希少になるものは何なのか。
これは、もう少し本気で考えてみる価値のある問いなのかもしれません。

このブログの完全版は有料noteにて公開しています。
こちらから