コーチングやカウンセリングの世界において、「問い」は最強の武器ように扱われることがあります。
「鋭い問いがクライアントのパラダイムを破壊する」
「優れた問いこそがコーチのレベルである」

しかし、僕はあえて自分の「問い」を研ぎ澄ますことをやめ、ある意味で「技術を鈍らせる」ようなアプローチをとっています。

今日は、なぜ僕が「セッションの本質は問いではない」と考えるに至ったのか、その過程をお話しします。


1「問い」の鋭さを磨く

最初に明言しておきたいのは、僕は決して「問い」を軽視しているわけではないということです。

NLP(神経言語プログラミング)やコーチングを学ぶ中で、言葉が脳の回路を書き換え、信念(ビリーフ)に揺さぶりをかける力は十分に理解しています。
僕も実際に、クライアントの盲点に切り込むような「鋭い問い」を研究し、実践し続けてきました。

ちょっとでもセッションをしたことがある人は実感していると思いますが、「問い」はとても強力な技術です。
「問い」を使いこなせなければ、越えられない壁は確実に存在しています。
それは今でも否定しません。
むしろ、今の方がその効果を実感しているともいえます。
しかし、現場で多くのセッションを重ねるうちに、ある「事実」に気が付きました。

2 同じ問いでも、変わる人と変わらない人がいる

どれだけ技術的に完璧な問いを投げても、その結果は相手によって驚くほど異なります。

  • 問いを投げても、巧みに言葉を操って逃げる人がいる。
  • 核心を突く問いに対して、無意識に強い防衛反応を示す人がいる。
  • 一方で、こちらが投げた問いがどれほど浅くても、自ら深く潜り、勝手に変化していく人もいる。

つまり、変化を起こしている直接的な要因は、問いそのものではないということです。


3 本質は「関係性」と「観測」にある

僕が「問い」よりも大切にしているもの。それは「関係性」と「観測」です。

(1)関係性のない問いは、ただの“攻撃”になる

どれだけ正論であっても、信頼関係のない相手からの問いは、脳にとって「攻撃」として認識されます。 関係性を築き、クライアントが「素の自分」を出せる場を作ること。
その土台がないまま投げられる問いは、相手の心のシャッターを重く閉ざさせるだけです。

(2) 評価も判断もない「観測」

僕たちはつい、「この人の問題は何か」「この人をどう変えてやろうか」という評価や判断を交えて相手を見てしまいます。
しかし、これらはすべてセッションにおける「ノイズ」です。
評価も判断もなく、ただその場にいるクライアントを観測する。
そこからようやく、真の問いが生まれます。
逆に、そこに至る前に出してきた「問い」には、コーチ側のエゴというノイズが混じっていることが多いのです。


4 問いは「生まれてしまう」

関係性が整い、フラットな観測が行われたときに、問いは「作るもの」ではなく、その場に「浮かび上がってくる」ものになります。

狙わなくても、研ぎ澄まそうとしなくても、その場に必要な言葉が自然と口をついて出る。
その言葉が時として「問い」という形を取る。
その問いは、テクニックで磨かれた鋭さよりも、圧倒的に「純度」が高い。

冒頭で僕が「問いを鈍らせた」と言ったのは、技術を捨てたという意味ではありません。
ようやく「自分の問いで相手を変えてやろう」というエゴや衝動を手放した。という意味です。

5 セッションの本質

僕が考えるセッションの本質は、「クライアントを前に進めること」「クライアントを変えること」ではなく、「クライアントが自分で気づき、自分で動くための準備の場」であること。
その上で、僕の仕事は、どんな問いを投げるかよりも、「その問いが自然に生まれるまでの場を、純度高く保つこと」です。

問いは結果の1つであって、セッションの本質そのものではない。
最近、そんな風に考えています。

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