僕もよく使っている「何もしない」「クライアントを本来の自分に戻す」という言葉が、最近あまりにも軽く使われすぎている気がしてます。

・沈黙すること。
・介入しないこと。
・答えを与えないこと。

そんな状況をまとめて「何もしない」と呼ぶ場面を、これまで何度も見てきました。

けれど、僕が使っている「何もしない」はそのどれとも一致しません。

それは、行動を止めることではなく、ある状態を意図的に保ち続けるという選択です。

コーチとして自分が持っている力やスキルを、あえて使わない状態を保つ。
それは、想像以上に重い選択です。

今日は、僕が使っている「何もしない」「クライアントを本来の自分に戻す」とはどういうことなのかを説明します。

1 コーチが「何もしない」と決めた瞬間、最初に起きること

コーチが「何もしない」と決めると、まず起きるのはクライアントの変化ではありません。

真っ先にコーチ自身の中で、ある非常に強い衝動が立ち上がります。

・今、言えば整理できる
・今、示せば楽にしてあげられる
・今、導けば感謝されるかもしれない

その衝動は、一見するとコーチの善意やプロ意識に見えます。

だからこそ厄介です。

多くの場合それは、クライアントのためである前に、自分が「有能である」という感覚を保つための衝動だからです。

2「何もしない」とは、責任を放棄することではない 

先にはっきりさせておきたいところですが、

コーチが「何もしない」というのは、

・放置することでも
・距離を取ることでも
・関与をやめることでもありません。

むしろ逆です。

介入しないという判断を、コーチ自身の責任として引き受け続けること。

結果がどう転ぶかわからない中で、それでも手を出さない、クライアントの揺らぎと共に在ると決め続ける。

これは、逃げ道のない選択です。

3 そのとき、クライアント側で起きていること

コーチが余計な介入をやめたとき、必ずしもクライアントはすぐに前進するわけではありません。

むしろ多くの場合は、

・言葉が止まる
・沈黙が伸びる
・居心地の悪さが増す

といったような不安定さが一時的に強まります。

それは、これまで外側に預けていた判断や力が、本人の手に戻り始めたことで起こる摩擦、変化への驚きや恐怖でもあります。

だからこそ、このタイミングでのコーチ側の「何かしなければ」という衝動はさらに強くなります。

ここで自分の有能性を見せたくなるか。
それとも、「クライアントの揺らぎや不安定さも全部まとめてただ受け止める」と決め続けるか。

この選択で、コーチとしての在り方が変わってきます。

4 「何もしない」という最もエネルギーを使う選択

何もしないことは、決して楽ではありません。

正直に言えば、むしろかなり消耗します。

・自分の分かりやすいスキルや有能感を使わない
・相手を意味なく安心させない
・評価も感謝も得にくい

それでもなお、

相手の主体性が奪われないように。
相手の力が、コーチの力にすり替わらないように。

相手の人生が、相手のものになるために。

今のクライアントの在り方や決断が、「死ぬときに後悔しない」ように、「幼い相手自身がカッコイイ大人だと思える」ように。

ただ、そこに在り続ける。

これは技術ではありません。
コーチの自己制御そのものです。

5 それでも僕が「何もしない」を選ぶ理由

前段でもお伝えしましたが、「何もしない」ということは、精神的にもマーケティング的にもかなり厳しい選択です。
それでも僕は「何もしない」を選び続けてきました。

それは、クライアントが心から信頼するコーチが「何にもしない」ことで保たれる「場」にこそ、

・クライアントが
・自分の力で
・自分のコンフォートゾーンを超える

可能性が生まれるからです。

それは、
何かを与えられる体験ではありません。

本来そこにあった力が、本人の手に戻ってくる体験です。

この意味で、
僕はこれを「覚醒」と呼んでいます。

6 「何もしない」を安易に扱えない理由

僕のこの「なにもしない」とその先にある「場づくり」の技術を教えて欲しいと言われることも何度かあります。

それでも、今の僕にはこれを再現性のある技法として説明できません。
言語化して、気軽に手渡せるものでもありません。

だから、安易に伝えることも、軽々しく語ることも、したくないしできない。

言葉にできないからではありません。
理解していないからでもありません。

その場を作り、保ち続けられる自分であり続けることの厳しさと、この場が持つ影響力を身体知として分かってしまったからこそ、安易には扱えない

7 今だからやっと選べるカードとしての「何もしない」

「何もしない」は、誰にでも、いつでも選べるカードではありません。

コーチ側が

・自分の影響力を自覚していること
・人を壊せてしまう可能性を理解していること
・それでもなお、自制できること

この前提が揃って、はじめて手に取れる選択です。

そしてこれは、コーチの成熟度そのものが問われるカードでもあります。

8 才能を解放する、ということ

クライアント本来の力は、コーチが主導して引き出すものではありません。

その力が本人のものとして立ち上がるまで、自分の欲求や不安を脇に置いて待てるか。

クライアントが、もともと持っていた力を、自らの意志で引き受け、使い始めること。

それが、僕の考える「才能の発掘」であり、「覚醒」です。

その過程でクライアントが揺らぎ、一見停滞しているこの瞬間、僕が僕自身から突きつけられる問いは、いつも同じです。

これは、自分のためか。
それとも、本当にクライアントのためか。

「何もしない」とは、その問いに、逃げずに永遠に耐え続けるということだと思っています。

※ 本ブログの前段となるブログも掲載しています。
  併せてお読みいただければ幸いです

 ・『「優しさ」の裏に潜む罠 ~その「受容」と「共感」は誰のため?~』

 ・『AI時代における人間のコーチの固有価値 ~「覚悟の領域」について』